12月に入り、寒さとともにやってくる中東への記憶。
それは今から3年前の今頃のこと。
FIFAクラブワールドカップ2017の観戦に合わせ、これは願ってもいないチャンスと、
まだ行ったことのない国を訪れる機会がやってきた。
ドイツを旅立ち、イスタンブールで乗り換え、アラブ首長国連邦のアブダビ空港に
到着したのは午前3時ごろだった。
空港からバスでアブダビ市街へ行き、そこから長距離バスで直接ドバイへ
観光に向かうことにしていたが、
アブダビ市街へ向かうバスの時間まで、空港で約2時間
待たなければいけなかった。
初めて訪れた国への気持ちの高ぶりもありつつ、
旅の疲れと時差と眠気で、なんとなくぼんやりとしている。
ようやく時間が来たのでバスに乗り込み、そこからアブダビの街に向かった。
外はまだ真っ暗で、その暗闇の中で街灯に照らされて見える景色と
読めないアラビア文字が、ヨーロッパでもアジアでもない、
異国へやってきたという感覚に拍車をかけていた。
バスの中では更に眠気を催したものの、乗り過ごすわけには行かないので
夫と二人、どうにか目を開けていた。
そしてようやく、降りる予定のバス停が近づいてきた。
どのくらいバスに揺られていたのかはよく覚えていないが、暗闇に
少しだけ色がついてきたころだった。
バスが停車した。
バスを降り、スーツケースを受け取った。
そこからは、すぐ目の前にある階段を上り、道路の上の橋を渡って大通りの反対側の
バスターミナルに行き、ドバイ行きのバスに乗る予定だった。
夫の後ろから、階段をあがった。
2段あがった時、ふと見上げると夫の背中にあるはずのリュックサックが、
ない。
どうみても、ない。
夫のリュックを最後に見たのは・・・、さっき降りたバスの網棚の上・・・。
私は一気に目が覚め、血の気が引いていくのが分かった。
同時に、この現実が現実じゃない感覚に。
夫に呼びかけ、「リュックサック・・・」と言うと、
その瞬間、夫は振り返り、階段を降り、さっき降りたバスの方向を見た。
バスは既に発車し、かなり前方にいたが、赤信号で停車していた。
それをみた夫はスーツケースを置き、バスに向かって走り出した。
頭の中で長く眠っていた「走るー、走るー、おれーたーち」が湧き上がってきた。
準備運動なくすごい勢いで走り出したので、怪我でもしないかとそっちの方が
ハラハラし始めた。
全力疾走の甲斐なく、信号は青になり、バスはそのまま走り去った。
アブダビに着いたばかりで、街のどんなところにいるのかも全く分からず、
現実離れしたような奇妙な感覚になった。
更に薄暗さが、不安に拍車をかけていた。
リュックサックの中にはガイドブックだけでなく、夫のパスポートも入っていた。
気が遠くなっていく。
バスに追い付けなかった夫は、こちらに戻り始めていた。
この様子を見ていた現地の人々が、(なぜか分からないけれど、その場には現地の人々
が数人いた。)タクシーでバスを追えばいい、と言ってくれて、
タクシーを止めてくれた。
一瞬私は、何かのグルじゃないかと疑心暗鬼になったが、確かにそれ以外にいい方法が
浮かばない。
現地の人々は一部始終を見ていたので、「この二人はあのバスに追い付きたい」ことを
タクシーの運転手に伝えてくれ、二人で乗り込んだ。
バスの姿はもう見えなかったが、しばらく走ると私たちの乗っていたバスらしき
姿を前方にとらえることが出来た。
そして、そのバスと並走すると棚の上に夫のリュックサックが見えるではないか!
嬉しさと興奮で、夫も私も
「あのバス!あのバス!あの後ろについて停まってください、ほら、今!」
などと、それぞれ一気にまくしたてると、
運転手は「あそこは停車禁止なので無理です。」と、至って冷静な答えが返ってきた。
その後タクシーはバスを追い越し、次のバス停の後方で先に停車した。
そしてバスが来て停車した時、夫はタクシーから飛び出し、バスに乗り込んだ。
大丈夫だとは思いつつ、それでも何があるか分からない。
夫を乗せてバスがそのまま発車したらどうしようと思い、ドキドキしながら
後ろから様子を伺う。
とても長く感じられた時間が過ぎ、リュックサックを手にバスを降りてきた夫を
見たときには、とにかく心の底からほっとした。
そのまま同じタクシーで、タクシーに乗った辺りの場所に戻ってもらった。
始めて訪れた国で、まさかこんな旅の始まりになるとは!
現地の人々とタクシー運転手には本当に助けられたが、最初に疑念を抱いたことに
ひどく申し訳ない気持ちになった。
その後、無事にドバイへ向かった。
数日後アブダビに戻り、街を観光した。
そして、FIFAクラブワールドカップ2017の準決勝、
アル・ジャジーラ(Al-Jazira)対 レアル・マドリード(Real Madrid)を
ザイード・スポーツシティ・スタジアム (Zayed Sports City Stadium)で観戦。
前半終盤、アル・ジャジーラに先制されたものの後半に追いつき、
1対2で、どうにかレアル・マドリードは決勝進出となった。
決勝は同じスタジアムで、レアル・マドリード対、ブラジルのグレミオ(Grêmio)。
レアル・マドリードが支配する形で試合が進み、1対0でレアル・マドリードが
勝利した。
マドリードの優勝を見届けた後、荷物を取りにホテルに戻ってから
そのまま空港に行き、帰路に着いた。
アブダビでもドバイでも、昼間は30℃近くで暑かったが、
バスの中やモールの中などは冷房がガンガンで、私だけでなく夫も
いつもジャケットを1枚携帯している必要があった。
市内バスでは、前方は女性、後方は男性と分かれていたり、
文化や風習の違いの驚きは至る所にあった。
その一方、あちこちのスーパーでポカリスウェットとオロナミンCを見つけ、
日本に帰国した時にしか味わえない喜びを、この地で何度も味わった。
モールにはダイソーまであり、ヨーロッパよりも日本を感じることがあったのは
別の驚きだった。